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ブログを始めます

  • shiorifukuhara
  • 2020年11月18日
  • 読了時間: 6分

18th November 2020

【最期の日まであと19210日】

★★★★★★☆☆☆☆


コロナの影響で今年行くはずだった留学の予定が流れて、

予め契約してた大学寮のキャンセル料を支払うため

三菱UFJ銀行の外為窓口に3日も連続で通い

(海外送金のセキュリティが非常に高い)

ようやく支払いを完了した今、

これまでのめちゃくちゃな人生で培った私なりの人生への向き合い方を

自分自身に戒めるために

ブログを始めることを決意した。


この数日、もはや考えるのも苦痛な留学の失敗について

何度も外為窓口で説明させられ、

過剰なストレスで涙が止まらなかった。

(海外送金はマネーロンダリングなどの危険があるために内容を精査される)


あまりにも失敗続きの人生。

振り返ると、思い出すのは辛い経験ばかり。

実際には、おいしいものをたくさん食べた。ディズニーランドにも行った(10回以上!)。低賃金でも好きな仕事をしていたし、初の海外は出張で行けた。

理想的な結婚式を挙げたし、イタリアに新婚旅行にも行った。


きっと、それほど悪い人生じゃない。留学に向けて意気揚々と会社を辞めたのに留学がなくなって今は無職だけど(外為窓口で職業を聞かれて、俯きながら「仕事はしてないです…無職です」と答えたけど。ここしばらく口座に入金もないのにまとまったお金を出金するから、お金の出どころも繰り返し聞かれたけど。)、来月にも口座残高が底をつきそうだし、前職が特殊すぎて転職の当てもないけど。もっと大変な人が世の中にはたくさんいることも分かってる。


だけどもうずっとギリギリなんだ。精神力が弱いのかもしれない。甘えてると言われるのかもしれない(「甘え」って言葉、大嫌いなんだけど)。数々の失敗は、努力が足りない証なのかもしれない。だけど、言ってしまえば、こんな「甘い」「弱い」「頑張れない」人間になりたかったわけじゃない。こんな自分は好きじゃないし、心身ともに強い人間でありたかった。何をやってもうまくやれない自分を思い知るたびに、実際それはほとんど毎日あって、そのたびに、こころをハンマーで殴られるような感じがするんだ。それも毎度、粉々になるまで。一晩寝て、エネルギーをチャージして(どんな時でもだいたいしっかり眠れるのは私の長所なんだと思う。昼間でも眠くなるし、寝すぎてしまうのが問題だけど)、明るい気持ちで朝を迎えても、午後にはだいたい辛くなる。これでも昔(学生時代とか、社会人1、2年目のあたり)よりは随分マシになったんだけど、「できない」自分を痛感するたびに、辛い記憶ばかり蘇るし、何も手に付かなくなって、時間の長さに耐えられなくなるんだ。だいたいは、何か食べれば眠くなって、そのまま寝てしまえば、また次の朝が来るんだけど。


こんなに自分はギリギリだってこと、誰と共有できる?こんな情けない感情の嵐に、何の合理性も説得性もないことは明らかで、論理的に話したって何の解決にもならない。マイナスな感情を晒して、相手を暗い気持ちにさせても、結局誰も助からない。だけど、一人で抱えるのは苦しくて、誰かに話したくてたまらなくなるんだ。社会的な生き物である人間の性なのかな。一人では抱えきれない思いでいっぱいになるんだよ。


だから、私はこのブログを始めることにした。せめて文字にすることで、救われたいんだよ。


あと、今日、歩きながら考えたこと。


お釈迦様は、「生・老・病・死」は人間の四苦だと言った(らしい)。もし、この4つが等しく苦であるなら、生は1、老は1、病は1、死は1の苦しみだとして、生は、生まれた以上、老と病と死を避けられないんだから(病は微妙だけど、少なくともその恐怖には晒される)、死の1に対して、生は計4の苦しみってことにならない?



生きているから、全部の苦しみが起きるんだ。そりゃ、死んだ後の苦しみについてはそもそも測定不可能なんだけど。生きているから、おなかが減っても辛いし、風邪をひいても辛い。必ず年を取って次第に体の自由がきかなくなるんだろうし、いつだって死のリスクに晒されてる。だったら死んでしまえば?って思っても、なかなか死ねるもんじゃない。どんなに生きるのが辛くても、いざ死ぬのはやっぱり怖い。あくまで自然な存在である身体が、全力で拒否するんだろう。恐怖とともに無理に死のうとすれば失敗する可能性が高い(ネット情報でしかないけど、自殺の9割は失敗に終わって、何らかの後遺症を残すことが多いらしい。繰り返すけど、あくまで何の確証もないネット情報)。


つまり、生きるしかない。生まれた以上、生きるしか選択肢がない。時が来たらあの世(afterworld)に行けるけど、その時を自分で決めることはできない。だから、自分なりにたどり着いた答えはこれ。


「生まれたことが運の尽き」


「人生全てが消化試合」


そう考えると、恵まれて見える人もそうでない人も、生まれたことが等しく不幸なんだから、みんな不幸なんだ。みんなして不幸の押し付け合いをしようとするから、社会からトラブルがなくならないんだ。本当はみんな不幸なのに、誰でも幸せになれると錯覚して(社会はそう煽ってる気がする)、幸せを求めるから、その実態との格差が辛さを増幅させるんだ。


不幸がベースで、不幸が当たり前。幸せに感じられる出来事というのは、類まれな幸運で、宝くじに当たるようなもの。そう考えると、宝くじの当選を当てにして生きるなんて不自然だし、失敗や不運が続いていても「普通のこと」だってまだ納得できる。


遠くない将来、必ずあの世に行く日が来るんだから、その日までは、何か宇宙の大きな力(生命の不思議とか宇宙の神秘とかをぐるぐる考えるとそこに行きつく)によって与えられた命を全うするしかない。辛いのは人生のデフォルト。不幸レベル5が普通で、10が最大(天変地異とか戦争のような事態には10では足りないと思うけど、今は想定できない)。何か一つ良いことがあれば(おいしいものを食べたとか、気持ちよく眠れたとか)、それは4になるのかも。特別嬉しいことがあれば、1とか2になるのかも。でもそれはレアケース。


啓発系のブログなら、幸せスケールの記録を勧めても、まさか不幸スケールの記録なんて勧めないはず。たいてい、「日常に小さな幸せを見つけましょう」って言うよね。いや、そもそもこのブログは、誰かに何かを勧めようというものじゃなくて、あくまでこれは自分のためのもの。読んでもらえたらそれは嬉しいことだけど、決して、誰にも、不幸スケールの記録なんで勧めない!ただ、あくまで私は、その方が楽になれる気がしたということ。


だから私は、今日から、できる限り毎日、このブログを付けていきたいと思う。私はいま〇歳(年齢非公表)で、日本女性の平均寿命86.39歳まで生きると仮定して、その平均寿命を過ぎた1日目にあの世に行くとしたら、(かなり適当な計算なんでずれてたら今後訂正する可能性あるけど)それは2073年5月23日(逆算とかはやめて欲しい)。なんで、そこから数えると(一応、うるう年とかも考慮した)、今日はその日まであと19210日。長いような、短いような。でも目標がはっきりすると、なかなか爽快な気分になる。だから、その日までカウントダウンできれば良いなと(話題作の「100日後に死ぬワニ」が頭をよぎったことは否定できない)。不幸スケールも併せて、たぶんこれから、毎日、何かしら書いていきます(多分、できる限り…ちょっと弱気)。


あと、英語の勉強もしているので、ライティング訓練を兼ねて、和文と英文を混ぜるか、英訳を載せるか、いろいろやってみたいと思います。










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